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「チケットはできた?」
アタシは缶ジュースを右手に左耳に当てたケータイ越しにドラムのアツシに話す。
その声に開いたリビングのドアから新聞越しにこっちをみるオヤヂと目が合った。
オヤヂとは半年ぐらい口を聞いていないかも知れない。
最後に口を聞いたのは高校卒業直前。
美容師の専門学校への進学を辞めて、バイトをしながらバンドをやると宣言したとき。
夢みたいなことを言うなとオヤヂは怒鳴った。でも、夢なんかじゃない。
真剣にやっていることを否定されたことが悔しかった。悲しかったのだ。
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「できてるよ。Tシャツのプリントもフライヤーも完璧!」
ピアスまみれのアツシが自慢気に鼻をこすりながらあごをつんと尖らせるのが目に見える声で言う。
「でもさ、桃。お前、車どーすんのよ?
機材、ハコベねーべ?」
「車……」
これまでは車に苦労することは無かった。
恋人でありボーカルだったタクが居た。過去形。
タクは高校卒業と同時に関東の大学に進学し、バンドを辞めた。
同時にアタシからも去って行った。
「車くらい、何とかなるよ!!」
アタシはアツシに怒鳴って電話を切った。
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「親権者の同意書が必要です」
なけなしの貯金を頭金に中古車販売店に行ったアタシはオンボロだけど可愛いワーゲンのヴァンに一目ぼれ。
いざ、契約書にサインというときになってディーラーから冷たく言い放たれる。
「親権者の同意書と実印、印鑑証明書、戸籍謄本も必要です」
そんなの……。オヤヂに頼めるはずないぢゃん。
アタシは厚底のブーツの中に気持ちがすっぽり落ち込んでしまいそうな気持ちで部屋に戻った。
どのくらいの時間が経ったのか、ノックの音に振り返ってドアを開ける。ドアの前に厚く膨らんだ封筒が置いてある。
手に取ると親権者同意書ところりと丸いハンコが転がり出てきた。
『桃へ
あの日、お前が真剣にバンドをやっていることは分った。
真剣な気持ちを頭ごなしに怒ったことは父さんが悪かった。
けれど、今までなかなかそれを言い出せなかった。
ミヒャエル・エンデのMOMOのように皆に夢を与えられる子になっ てほしいと
父さんが桃と名付けた。桃はその通りの子に育ってくれた。
いつまでも桃は桃でいて欲しい。だから、この印鑑を実印に登録 して使ってくれ。
父さんより』
ハンコにはアタシの名前「桃」と言う字が一字だけ刻まれている。
え-、こんなの実印登録できるの?と思ったが、
市役所勤めの父さんのことだからそこは抜かりなく、できるから贈ってくれたのだろう。
アタシ、父さんの娘で良かった。ありがとう。
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キャスト・・・・・・あなた
スタッフ・・・・・・実印・表札・はがき
Presented by・・・・・・はんこ屋さん21 川西店